雨粒あめ子の透明境界線

メンタルと詩の保管所

不確かなものに、そっと、触れてみたくなる。完全でないものほど、いびつで、魅力的に感じる。触れて、抱きしめて、安心したくなる。
これは自己満足な欲求なのだろう。私はずっと前からそうだった。自分にとって危ないだろう、よくないだろう、そんなものしか愛せない。大抵の周りの人は私の行動を止める。不安定になるのだからやめなさいと。根拠があってもなくても言う。そのたびに、わからなくなる。何が正しいのか?何が間違っているのか?私のどこが変なのか?と。今、その時が再びやってきて私は何もわからなくなった。曖昧である思想は、いけないのか。それが私を殺め苦しめているのか。
時に安心感を得られる大事なひとが、私の精神を壊していると言うのなら、その相手との関係をほんとうに、ほんとうに終わらせなければいけないのか。
終わらせることで全て一件落着、楽になるならとっくにそうしている。わからない、の、更に奥深くまで迷い込んで、現実と夢が一緒になって、現実の問題が夢にまで彷徨い込んできて、ひとりで考えている時間があまりに苦しくて、人に相談したとしたら、きっと相手までを苦しめるだけだと思ってしまう。
人間関係が苦しいのなら、終わらせなよ。もうひとりの自分は常にそう語りかけている。いくら寝込んでも解決しない問題ならば、終わらせるのもいいのかもしれない。