透明境界線

日常の感情の肯定。詩を置く場所。

生きていれば良いことあると、信じてた。

あの頃まだ私が10代の頃、私が未来にほんの僅かながらの希望を抱いていた頃。『今は辛いけどきっと生きていればいいことがある、生きていてよかったと思える時がくる』と信じてた。心の底から信じてた。

ずっと昔から死にたかった。20歳に死ぬと周囲に公言していた。だから、それまで好きなことやり放題してやろうと思い、好き勝手していた。私の周りに集まる人はこぞって悪人で、自分と似たように、上手く社会に溶け込めない人々だった。私は自分を、何度も殺した。出会い喫茶に入り浸ったり、某掲示板のオフ会で朝まで飲み明かしたり、そこで知り合ったどうでもいい人間の家に行った帰りに電車に飛び込もうとしたり、リタリン漬けの女の家に軟禁されかけた挙句、本気で殺されかけたり。どうでもよかったから、自分の体が、心が、早く死ねばいいと思っていたから。

入院し、何年か外の世界から遮断されて死んだように生きてきて、退院して、それから少しずつ希望の光は差し込んだ。常に死のうとしていたけれど、もう助言してくる人間などいなかった。あの頃私にいた、たくさんの仲間たち。どうでもいい人からそうでない友達まで。全員私のそばから消えた。真面目に社会で頑張っている人、夢を諦め結婚した人、まだきっと闘病中の人、私と同じ死にたい気持ちを最期に叶えた人。

みんなみんな消えていった。

絶望してまで生きていくのが苦しいので早く死にたいのに、誰も仲間なんかいないのに、何故私は今日も生きているのだろう。恋人もいないのに、家族もいないのに、仕事もないのに、何故私は今日も煙草を吸いながらこの街にいるのだろう。今大事な友達も、私の近くから去っていきそうなのに。

途方もない旅に出たい。


ずっと信じてたのに。
いつか生きてて良かったって思える日が来ると、信じてどうにか生きてきたのに。