透明境界線

日常の感情の肯定。詩を置く場所。

眠気に纏わりつくハッピーニューイヤー

ハッピーニューイヤー感を年々感じづらくなったのはきっと、歳をとったからだと思うようにしている。日付けが元旦に変わった瞬間感じたのは、また老けてしまうな。って。

 

1/1。
筑前煮、マカロニサラダ、お刺身、焼いた餅が食卓を囲み、炬燵で横になっている我が兄。大晦日にインフルエンザにかかったのがかわいそう。
ツイッターのフォロワーのおせち料理は毎年相変わらずきらびやかで、何だかせつないし、元旦早々に初詣に行けるひとって体力あるなぁなんて。人混み凄いじゃん。色々行列に並んだりするじゃん。わたしはそういうのが苦手だから、凄いなぁって。

 

(どうでもいい話)
筑前煮のたけのこが強烈に美味しくて食べまくった。テレビのお正月特番には飽きた。暇だから恋人に電話をしてみたら、ぐーすかぴーと寝ているらしく、たしか年末に『地元の米屋の餅を買いに行きたい〜神社行ってみようかな〜』と言っていたはずだが、結局夜まで爆睡していたそうだ。お疲れさんです。

 

 

(膀胱炎と後遺症のばかやろうについて)
先月中旬、持病というか後遺症の膀胱直腸障害がたたり膀胱炎になってしまったので、万が一に備えオムツを履いて過ごしている。今更恥ずかしいも何もないよ。
後遺症はつらい。心の芯からつらい。人と会う予定は狂うし日々腰痛だし、トイレで用をたすたびに手指を消毒しなければならないし、その他諸々。精神的にすぐに鬱になり易くなった。

 

1/4。
厄祓いをしに東京の増上寺まで行った
。かなしいことに今年は本厄なので、お線香の香りが密集する寺の中で、お祓い儀式の25分間ずっと意識を集中させて『悪いこと起きませんように』と願った。普通に疲れた。おみくじを引いたら大吉で、疲れが一瞬吹き飛んだ。帰りの車で通った六本木ヒルズは、わたしとは今までもこれからもきっと縁がないだろう。


もうそんなに若くないのだから、全力で時に手を抜きつつ踏ん張っていく一年となるだろう。だろうじゃなくて、そうしたい。自分の心身の健康ケア、通院(特にカウンセリング)、家事、勉学…ああ考えるだけでもやもやしてくるのでもう書かないでおこう。

 

一年間、どうにかこうにか生きていけますように。わたしは幸せでありたい。それくらいで多分、十分だ。